ニュースキンStorys

ニュースキンに関する悲喜こもごも、笑いと涙の珠玉のストーリー集

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あれは確か西暦が2000年に変わるか変わらないかの頃だったのではないだろうか? ニュースキンが事業部制を導入した。ご存知のようにニュースキンジャパンは1993年にスキンケア製品を製造・販売する企業として日本に開業している。 それからしばらくたってIDNといわれた栄養補助食品=サプリメントも販売し始める。 ライフパックの登場だ。さらにメタボトリムとかオーバードライブなんかも同時に発売されたような気がする。ココに来てニュースキンはスキンケアだけでなく、いわゆるサプリメントも取り扱う企業へと変身する。体の外側と内側から美しさを追求しましょうというわけだ。ここまではよくある話というか、ニュースキンだけでなく多くの企業がスキンケアとサプリメントを取り扱うようになっている。この頃、サプリメントは今ほどの市民権を得ていたわけではなく、どちらかというと好き嫌いが多くって
まともに食事からだけでは栄養が取れない人や病気がちな人のためのものだと考えられていた。健康な人が健康を維持するためのものという現代の認識に至るまでこの頃から10年は必要であった。ニュースキンの商品を買いたいなら、ニュースキンショップをお勧めするよ。激安だよ。ここは。

この頃のニュースキンは実に先進的だったと感じている。活性酸素,アントシアニン,カロチノイドなど今でこそ誰でもが知っているようなことではあるが、当時は誰も知らなかった。もちろん俺も知らなかった。ライフパックの話をするためにそれこそ栄養学や活性酸素のことを必死になって勉強したものさ。日本語のまとまった文献もなかなかなかったし、インターネットはダイヤルアップで14.4kbpsとかでつないでいた時代だぞ。ネットで調べるといったってそういったページすらなかなかない。いやあったのかも知れないがgoogleがまだなかったのだ。そういった中でなんとか集めていった断片的な知識ではあるが、やっぱりニュースキンのライフパックはすごかったなあ。だってぶどうの種や皮が入ってるんだよ。普通入れないよ種や皮は。種や皮を入れた入れたわけがわかったときは感動的ですらあったな。

ちょっと前置きが長くなってしまったが、日本で開業してからの5年間くらいは事業部だとか言わないでニュースキンとしてスキンケアとサプリメントを扱っていたし、われわれディストリビューターもスキンケアだからとかサプリメントだからとか言わなかったし、考えたこともなかった。この状況が変わってくるのが、ニュースキンがファーマネックスをアメリカで買収してからである。ファーマネックスとニュースキンとの関係についてはこれはこれで面白いストーリーがあるのでまた機会をみて語ってみるが、今回は割愛する。

とにかくニュースキンは、世界的に最高レベルのサプリメントを先進的な方法で製造できるファーマネックスという企業の買収に成功したんだ。当時のニュースキンのIDNはなかなかのものだった特にライフパックは相当いかしてたが、ファーマネックスにかかっては子供と大人だ。ジャックファイファーは良くやったがマイケルチャンにはかなわなかったってことさ。言っとくけど「マイケルちゃん」じゃなっくて「マイケルチャン」だ。

ちょうどこのあたりがニュースキンがもっとも伸びた頃だった。過去最高の売り上げをたたき出したのもちょうどこの頃だ。当時はまさかこの頃が最高点になるとは思いもしなかった。倍々で成長してきたニュースキンの成長神話はまだ続くと思っていたさ。そう思わせるエネルギーが当時のニュースキンにはあったんだ。

ファーマネックスの買収に成功したニュースキンはスキンケア部門とサプリメント部門を別々の事業部として運営していく事業部制を発表した。当時はネットワークビジネス初の事業部制といって大々的にぶち上げたもんさ。女性はスキンケアが得意だろうからニュースキン事業部、男性はサプリメントのほうが得だろうからファーマネックス事業部という具合にね。

タイトルもニュースキンとでは別々のものが用意され、コンベンションで行われる表彰も別々に行われるようになった。自分の事業部はディストリビューター登録するときに選べるようになっている。しかし、ニュースキン事業部に登録したからといってサプリメントが買えなくなるとか、自分が登録している事業部が違うだけでそのほかの条件はまったく同じ、何も変わらない。おっと俺としたことが大事なことを忘れていたよ。事業部での大きな違いが2つあった。

1つめは、名前が変わるのだよ。ニュースキンで登録するとニュースキンのディストリビューターになれる。ファーマネックスで登録するとファーマネックスのレプレゼンタティブになれるんだ。君ならどっちになりたい?俺は、どっちでもいいけどね。そうそうレプレゼンタティブってのは長いんで俺たちはレップって呼んだもんさ。

2つめはニュースキンで商品を買ったときにニュースキン事業部のディストリビューターには青い袋、ファーマネックスのレプレゼンタティブには緑の袋に入れてくれた。さらに配送でオーダーした場合に届く段ボールのロゴがニュースキンとファーマネックスでは違っていた。

名前という存在を確認するための根本的な部分が違うのだから、君が君であるために、そして僕が僕であるために最も重要なことなのではあるが、なんだたったそれだけなのかと思ったそこのあなた。あんたは鋭い。ネットワークビジネスで初の事業部制だ、なんだかんだと周りは騒いでいたが、俺の中ではなんかしっくりとこなかった。 ニュースキンとファーマネックスを別々の事業部にすることと俺が成功することが全くといっていいほど結びつかなかった。周りがなんであんなに騒いでいるかわからなかった俺は、内心俺って頭悪いのかなと思ったりもした。だって、まるで理解できなかったのだよ事業制にすることが俺の成功になぜ結びつくのかってことが。

ニュースキンジャパン社内ではスキンケアとサプリメントでは要求されるものがまったく違うので効率よく業務を遂行し、専門的な内容に特化するために事業部に分けるという発想は良いと思うし、確かに効果的だと思う。そうでなければファーマネックスのサプリメントのような専門的なことは難しいだろう。しかし、それはニュースキンジャパンの社内体制の話であって、俺たちディストリビューターが事業部わけされるのとはまったく別の話だったのである。

ディストリビューターを事業部わけして、さらにそれぞれの事業部ごとにタイトルを設定したりしたもんだから大変だった。トップの連中はファーマネックスのタイトルを取るために、グループ内のディストリビューターを自分のフロントにライン変えさせてまでもタイトルを取る奴らがいたほどだ。もうめちゃくちゃだよ。このあたりがニュースキンの倍々の成長神話にかげりが見え始めた時期と重なってくるのである。はたしてあの事業部制、英語で言うとディビジョン制とはいったいなんだったのだろうか? ニュースキンジャパンの社内体制ではなく、俺たちディストリビューターを青と緑に色分けすることにどんな意味があったのだろうか。

ひとつだけいえることは、事業部制導入により非常に複雑になってしまったということである。 そうとう複雑に見えるようになってしまった。実情は何も変わらないのに。何も変化がないのに複雑さだけが倍増してしまえば、そこに良いことは何もない。今までよりも複雑なことをこなしていくためには、より多くの時間とエネルギーをニュースキンに使わなければならない、そしてその結果待っているのは、何も変わらない報酬と、ニュースキンとファーマネックス両方のタイトルを取るために費やさなければならないエネルギーと経費。冷静になれば全く見合わないことはミミズクラスの脳みそでも分かりきったことである。しかし、ミジンコクラスでは分からないと思われる。ミミズとミジンコここが成功の分水嶺なのである。

そして、この事業部制の先には、もうひとつのディビジョン。ビッグプラネット事業部があったのである。せめて、このビッグプラネットを立ち上げるときに、ニュースキンとビッグプラネットという分け方であれば良かったとは思うのだが、いかんせん早すぎた。明確なビジョンがなさすぎた。もしかしたらミジンコだったのかもしれない。
しかも、オカメではなくケンミジンコの可能性が高い。

歴史的に見るとこのニュースキンジャパンいやニュースキンインターナショナルがとった事業部制というのは大失敗だったといわざるを得ない。現場に不要な複雑さだけを持ち込みなんら得ることがなかった、なんでも初めてなら言いということはない。ネットワークビジネス初だからといっても、それが俺や君の成功に結びつくとは限らないのである。むしろ成功から遠ざかるように働くこともあるのだよ。

成長を続けなければいけないという観念とそれを続けることの難しさ。常に成長し続ける企業というのはこの世の中には存在しないのである。それはニュースキンといえども例外ではない。急成長期が終わる気配を感じたときに何かしなければいけない。何か新しいことをしなければ成長が維持できないという、脅迫観念から生まれてきた子供のような気もする。何もやらないよりは何かをやったほうがよいという考え方もある。しかし、何かをやるにしてもやるべきタイミングとその内容によっては全てをぶち壊してしまうこともある。やってみなければわからないという人もいるかもしれない、しかしやる前からほぼわかっていることもあるのだよ。

可能性にかけるべきときと、保守的といわれようとも守るべきものを守るときがある。数パーセントの可能性にかけるというと聞こえはいいが、ほとんど場合失敗する。人生の中でここ一番というとき、そう1回多くても2回程度なら数パーセントの可能性にかけて人生を切り開く瞬間は必要である。しかし、何回もそれだけの確立のものにかけるわけにはいかないのである。ましてや失敗したら人生の中で10年単位で時間を棒に振ってしまうような、大きな賭けは安易にするものではないと思うのだがいかがであろうか?

ニュースキンという仕事は人々の人生を大きく左右するだけのエネルギーを持ったビジネスである。その認識がニュースキン社の経営陣に欠けてはいなかっただろうか?人々の人生の貴重な時間を棒に振ってしまうかもしれないという危機感は持ち合わせていたのであろうか?

果たして、当時ニュースキンがとった事業部制とはいったいなんだったのだろうか?俺は今でも答えが出せずにいる。では。また次のストーリーで。

ニュースキンStorysを読むときのお願い

このサイトはニュースキンに10年間真剣に取り組んだが、現在ではニュースキンとはまったく関係のないライフスタイルを送っている人間が書いている。今ではニュースキンのディストリビューターですらない。そのためニュースキンの商品やビジネスについて聞かれても一切答えようがない。しかし、書いてある内容は全て真実であるし、私の人生の中の貴重な10年という時間を費やし真剣に走り抜けた記録でもある。ニュースキンについて知りたい場合は、私ではなくニュースキンショップへ問い合わせをして欲しい。私がニュースキンをやっていたころ、利害関係がない他系にもかかわらずいろいろと親切にしてくれた人である。文中からニュースキンショップへのリンクを張っているが、私の一存で行ったことでニュースキンショップの管理人は一切関知していないのを明記しておく。

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